帰天した友達

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久方ぶりのブログにこんな悲しい記事を書くことになるとは思ってもいませんでした。
去る3月13日に高校からの友達が登山先の山で帰らぬ人となりました。

彼と私は家がキリスト教なんですが、キリスト教では「帰天」という言葉が亡くなられた時に使われます。読んで字のごとく「天に帰る」という意味です。
永遠の別離ではなく「先に元いた場所に戻るんだよ」という途切れない繋がりを暗に示した言い方にほんの少しだけ救われた気持ちになります。

ただ彼が帰天して1カ月経とうとしてますが、まだ毎日ぽっかりと穴が開いた気持ちです。この穴の大きさと深さと向き合って日常生活をおくり、ふとなにかにつけて思い出すの繰り返しです。この穴がどのように埋まっていくのかは見当もつきません。

今日は思いのまま書き連ねようと思います。
彼との出会いは高校2年のクラス替えでした。席が隣でむこうから「なんか面白いマンガとかない?」と話しかけてきたのがきっかけでした。ちなみにこの時、藤原カムイの「犬狼伝説」を貸したと思う。
はじめは互いの家に遊びに来るということはありませんでしたが、後に3人でよく遊ぶようになる共通の友達M君を介して必ず一緒に遊びに来るというパターンになりました。
本格的によく遊ぶようになったのは大学に入ってからで、もっぱら私の家に遊びに来てはそのまま朝まで飲みながらゲームをしたりと色々楽しい時間を過ごしました。あの頃はというとバイオハザード、ディノクライシス、音ゲー、FFセブンなどやりこみましたね。それまで勧めた映画やアニメも見てくれてたので、攻殻機動隊のスタンドアロンコンプレックスなど盛り上がって見たものでした。ある日、「サバゲ―やろうぜ!」と言い出したのもこの頃です。
今ならNGですがあともう一人の友達をつれて3人で、彼の地元の大き目の公園で深夜にサバゲ―をしたことは忘れられない思い出です。

働き始めてからも親交は変わらず通勤途中によく泊りがけで遊びにきました。単位を落として留年した彼は1年遅れての就職になりましたが、その間もしっかりと充実した人生を送っていました。
ちなみに就職が決まった時にご先祖様への報告に彼の田舎である金沢の実家に遊びに行った事もありました。
また私が新卒で初めて入った会社に馴染めず辞めたあとに大江戸温泉物語にドライブに行ったことがありました。帰りに東京タワーが見えたので「行ってみよぜ」ということになり車を走らせて人生初めてのタワーから夜景をみました。今思えば男二人で行くところではありませんでしたね^^;

友人とよく仕事帰りにラーメンと飲み

そんなこんなで付き合いを重ね、会社帰りに「よぉラーメン行こうぜ」と斉木楠雄の燃堂力のようなぶっきらぼうなLineを合図に色んなラーメン屋を食べ歩きするようになりました。大体、ラーメンを食べた後にどこか立ち飲み屋で1時間ほど駄弁って今度の連休の遊ぶ約束や最近見た映画の話などで盛り上がりました。どれも高校のころから変わらないそのまんまのノリの会話です。
高校のころに映画版の攻殻機動隊を勧めて、逆にテレビアニメ版のほうを勧められましたが、その中で主人公が所属する公安組織の初老のボスが別組織の同期とラーメン屋で食べながら情報交換するというシーンがありました。
「俺たちもこんな感じでラーメン食ってくのかな」というような事を言って爆笑しましたね。

連休はどこかへ遠出

ちなみに私の数ある欠点の中で「高速道路」を運転できないという大きなハンデがあります。次いで言うならペーパードライバーで地元周辺から離れた道はあまり走りたくないというどうしようもない欠点です。
そんな私を旅の友に遠出に連れ出してくれたのが友人でした。ここ数年は毎年のように夏は海に泳ぎに行ってご当地ラーメンを食して帰るというのが恒例行事でした。道中の社内の会話はいつでも高校時代のノリと変わらず楽しいひとときでした。
はじめは館山に行きましたがある年に伊豆半島に日帰りの強行軍で海に行った事もありました。彼おすすめのヒリゾ海岸という南国さながらの名所に行こうという話になりましたがコロナのせいもあり近場の宿屋の予約も取れずとうとう叶わぬ夢となりました。
そして、ここ数年で友達は登山に目覚めて色々な山を登り歩くようになりました。友達は毎週のように山に出かけては山頂からの眺めや現地の食べ物やらラインで送ってくれて、事故当日も彼と私ともう一人の友人とのグループラインに山頂に到着した写真が送られてきました。
一方でコロナのために自動車通勤となり運動離れが長くなり年相応以上に体力が衰えた私を引っ張り出して初心者向けの山歩きを勧めてくれたのが今年の初めのことでした。
2回目の登山のあとに、ご当地の「アリランラーメン」という千葉3大ラーメンを食べて、今度は「勝浦タンタンメン」を食べに行こうと帰りの車内で話しました。
3月上旬の週末のできごとでした。それが最後の会話になるなんて思いもしなかった。

なんで、死ぬかなぁ

とりとめもなく書き連ねてきましたが、彼が帰天して1か月経ってもぽっかり空いた穴に冷たい風のような気持ちが吹き込みます。その冷たい風が胸の奥に流れ込み私の中の何か細くて小さい弱い部分を締め付けるのです。

本当にさ、楽しい想い出が全部、心のボディーブローになるんですけど。
よゆーで膝から崩れ落ちるわ。     

ただ「死」という人生の行き詰まりが、ほんの少しだけ「通過点」のように思えはじめた自分もいるんだ。万人にいずれやってくる「死」の向こう側にお前さんはいるんだなと思えてくると、またいつか会えるかと踏ん切りがつくというか頑張ろうと今は思えるようになってきた。
死に急ぐつもりはないけれど一生懸命にやれば時間が経つのは案外早い。
人生を生き抜いてホッとしたら「ラーメン行こうぜ」とそっちのおいしいお店に連れて行ってくれ。
あと世枕に立ってベルセルクのネタバレだけは勘弁してくれよ。

しばしの別れだ。相棒。

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